順伊おばさん
この『順伊おばさん』( 《順伊삼촌》)には次の四篇の作品が収められています。
〈順伊삼촌〉 (「順伊(スニ)おばさん」)
〈아스팔트〉 (「アスファルト」)
〈海龍이여기〉 (「海龍の話」)
〈길〉 (「道」)
難しかったです。日本語で読んでも難しいと感じるのですから、これを原語で読んだらと思うと気が遠くなりました。話しの流れ自体が難しいというのではなく、話しの時代背景をよく理解していないと登場人物の気持ちなどは到底理解できないかもしれません。やっぱり、翻訳本も必要なのだと妙に納得してしまいました。
どの作品も、1948年4月3日に済州島で起こった済州島
四・三事件(
제주 4•3 항쟁)とそれからの約2年間、島で繰り広げられた殺戮とも言える島民弾圧を背景にした話しです。
제주 4•3 항쟁そのものだけではなく、日本の敗戦による解放後からの島の状況や
제주 4•3 항쟁が起こった背景などをよく理解していないと、これらの作品を理解するのはちょっと大変かもしれません。ただ、どの作品も、政治的背景自体を詳しく述べたものではなく、当時の島の人々の悲劇や当時子供だった主人公が大人になってからの思いなどが主体となっています。
この
제주 4•3 항쟁は長い間、語ることはタブーとされ、闇にほうむられかねない状態でした。実際、小説集《順伊삼촌》は出版後販売禁止になりますし、作者である玄基栄氏は、この小説集を出版したことにより捕まり、ひどい拷問を受け、釈放された後も拷問の時の影響で大変な思いをされた方です。
本書の翻訳者である金石範氏が書いている本書の解説に次のような説明があります。
「済州島蜂起をはじめとする南朝鮮民衆の反米、反李承晩闘争というものは、…、しかし根本の原因は南朝鮮を占領した米軍政の、日本の戦後とは比較にならぬ、想像さえできない過酷な人民弾圧統治にあったことから眼を逸らしてはならない。」(p.202)
日本も敗戦によってアメリカが介入してきたわけですが、反共という政策に関しては
韓国の方が激しかったんですね。だからというのも変ですが、以前、主人が始めて日本に来た時、うちにあった『赤旗』という新聞をみて驚いていました(共産党ではないのに、母が付き合いでとっていたことがあったので)。
韓国で生まれ育った主人にしてみれば、日本にはなんで共産党やこういった新聞があるのか、それ自体が不思議といった感じだったのでしょう。わたしも今になって、主人の不思議がる様子がやっと理解できたような気がします。
それにしても、自分とは違う国の人たち、言葉も文化も違う人間を殺すのと、民族も言葉も文化も同じ人間を殺すのと…。どちらがより恐ろしいかとかいうことよりも、どんな状況に置かれたら、人はそのようなことができるのか。民族が違うから、国が違うから、生きていくため、それともイデオロギーが違うからか。こういうふうに分けて考えること自体、答えから遠ざかっているような気がしてしまう。人とはいったい何なのだろうと思ってしまう。
著者 : 현기영 (ヒョン・ギヨン/玄基榮)
1941年、
韓国済州島老衡里生まれ。
高校まで済州島で過ごす。
ソウル大学英語教育科卒業。中高校の英語教諭になるが、30代なかばからは作家活動に専念する。
主な著書:
1975年 短編 《아버지》 (『父』)で文壇にデビュー
1979年 小説集 《順伊삼촌》 (『順伊おばさん』)
1983年 長編 《변방에 우짖는 새》 (『辺境に啼く鳥』)
1986年 小説集 《아스팔트》 (『アスファルト』)
1989年 《바람 타는 섬》 (『風に乗る島』)
1989年 随筆集 《젊은 대지를 위해서》 (『若い大地のために』)
1994年 小説集 《마지막 테우리》 (『最後の牛飼い』)
1999年 《지상에 숟가락 하나》 (『地上に匙一つ』)−第32回
韓国日報
文学賞受賞
1990年、第5回萬海
文学賞受賞
1994年、第2回呉永壽
文学賞受賞
※
韓国で1979年に出版された小説集 《順伊삼촌》に収められている作品と、ここで紹介している日本で出版された『順伊おばさん』に入っている作品は同じではありません。
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