『約束の大地』
著者 : 角田房子
出版社 : 新潮社(1977/02)
今年2008年は日本人がブラジルに移民してからちょうど100年目にあたる年。 ニュースでも少し取り上げたりしているが、最近角田房子さんの著作を読んでいて、その著書の中にあった本書を偶然手にしたら、内容がブラジル移民の話しだった。
ブラジルへの移民は1908(明治41)年に始まる。 初期の頃は、ブラジルのコーヒー農家への契約移民。 労働条件や生活環境など、過酷な労働と酷使といった生活だったようだが、 『約束の大地』に描かれている主人公は、昭和8年にブラジルへと渡る。 入植地は同じブラジルとは言ってもアマゾン。 そして、アマゾニア産業研究所が既に決めてある土地だった。 作る作物も決まっており、主人公よりも先に入植している人たちもおり、慣れない土地での苦労はもちろんあるが、「人に使われる」身ではなく、自分も働くが現地の人にも働いてもらう身。 初期の人たちとは条件が少し違う。
著者は1965(昭和40)年にアマゾン流域の日本人を取材に行っている。 その後1975(昭和50)年にも約一ヶ月間アマゾンに取材に行き、この著書を書いている。 読んでいて、どの程度までが小説でどの程度までがドキュメンタリーなのかと思ったりしたが、その点については、著者があとがきで次のように書いている。
作品の構成としては、小説という型にも、ドキュメンタリーの型(もし型があるとすれば)にもこだわらず、正確を期したアマゾン移住史の中で、人物には私の想像のままの感情と動きを許す−という書き方を試みてみたいと思った。
話しの中でもおもしろかったのは、主人公のように戦前に移民してきた日本人と戦後移民してきた日本人とでは価値観が違うところ。 明治・大正時代に育った人たちは、苦労を嫌がるとか、目先の利益に振り回されるとかいうことが少ないように映った。 それに引き換え、敗戦、そしてGHQの支配下に置かれたとはいっても、アメリカからポンと放ってもらった民主主義を受け取った社会で、自分のことがまず第一というか、ブラジルに移民すれば全てお膳立てが出来ていて何の苦労もないと思い込んでいる戦後に移民してきた人々の様子がよく描かれている。 戦前と戦後では意識がこうも変わったのかと思いながら読んでもいたが、ふと、これって日本人の特徴かもという思いがちらっと頭を掠めた。 自分の利益だけを考えるというのではなく、何か自分たちをまとめてくれる上からの声を全て信じてしまいがちで、その声の通りに動けば、そんなに大変な目には遭うはずはないと思いこんでいるというか…。 だから、戦前の軍国主義もそのまんま流れに乗ってしまい、敗戦後はまたまたアメリカや日本政府のいうがままに流れ…。 他人の国に来て、生活していくってことを何だと思っているんだろうか、などと腹立たしい思いさえしたのだが…。 でも、もう100年もたって、ブラジル移民の子孫たちはそれぞれブラジルに根を下ろしていると思うと、それはそれで人の人生とはわからないものだなどとも思ってしまう。
tags : ブラジル移民